教科書のない教室が生みだすインストラクショナルデザイン(学習設計)の力
カナダで15年以上、小学校の教壇に立ってきた私ですが、教育に携わる中で多く聞かれる質問があります。それは「インストラクショナルデザイン(学習設計)は、企業研修や大学の専門家がやるものではな…
「グループで話し合いましょう」と聞いて、どんな場面を思い浮かべますか?
同じ言葉でも、教師の関わり方や話し合いの進め方、学習者に期待される行動まで、国や地域によって同じとは限りません。自国の教育上の「当たり前」が、他国でも当たり前とは限らないからです。
教育プログラムの海外展開に必要なのは、言葉を置き換えることだけではありません。学びの本質を守りながら、現地の教育現場に合わせて再設計する。それが、ULDの考える「教育ローカライゼーション」です。
その先に広がっていく、教室の景色。
子どもたちが目を輝かせ、夢中になって学ぶ。
教師が自信を持って、その学びを自分の授業として実践する。
そして、その学びが学校の日常に根づいていく。
この記事では、15年以上にわたる北米での教育実践と、教育プログラムの日本展開に携わった経験から、なぜ翻訳だけでは届かないことがあるのかを紐解きます。
私自身、アメリカの本部で作成された教育プログラムを日本語に翻訳し、日本の教育現場へ展開する仕事に携わった経験があります。ブランドを守り、世界での一貫性を保つため、現地に合わせたローカライゼーションではなく、翻訳を中心に届ける。その中で、何度も感じたことがありました。
「これでは現場に届かない、日本人には響かない」
正しい日本語になっている。文章として意味もわかる。それでも、教室では思うように機能しない。本部と掛け合いながら感じ続けたこの課題が、現在ULDが専門とする「教育ローカライゼーション&インテグレーション」の原点です。
では、翻訳だけでは届かなかったものは何だったのでしょうか。その答えを探るには、プログラムが生まれた場所までさかのぼる必要があります。
どのような教育環境を想定して作られたのか。
どのような学習ゴールを目指しているのか。
なぜ、この活動や教師の関わり方が必要なのか。
そこから見えてくるのが、設計者の教育的意図と、その意図を支える本質的な要素です。ULDが大切にする「学びの本質」は、言葉だけでなく、こうした背景まで読み解いて初めて見えてきます。
たとえば、「グループディスカッション」という活動一つをとっても、誰が話し始めるのか、教師はどこまで介入するのか、学習者はどの程度自分の意見を表現することを期待されているのかによって、教室で起こることは変わります。
「Reflection(振り返り)」のような教育用語も同じです。言葉として正確に訳せても、何のために行うのか、どのような学びを目指しているのかまで共有されなければ、開発時に想定された学びとは異なるものになる可能性があります。
翻訳は大切な出発点です。しかし、言葉を置き換えるだけでは、そのプログラムが「なぜその形で設計されたのか」までは伝えきれません。
教育プログラムには、教師と学習者の役割についての前提も組み込まれています。
北米などの教育現場では、教師がファシリテーターとなり、学習者が問いを立て、対話しながら考えを深めていく授業が多く見られます。こうした環境を前提に設計されたプログラムを、そのまま異なる授業文化へ持ち込んでも、同じ学びが生まれるとは限りません。
反対に、日本の教育環境を前提として設計されたプログラムを海外へ届ける場合、教師による丁寧な働きかけが、別の教育文化では「学習者が受け身である」と捉えられることもあります。また、探究型・問題解決型のプログラムを日本へ導入するときには、学習者が人前で意見を述べることへの心理的なハードルや、既存のカリキュラム、授業時間との調整が必要になる場合もあります。
「理想的なプログラムだと思う。でも、実際の授業では使いきれない」
そうなれば、どれほど優れたプログラムでも、やがて使われなくなってしまうかもしれません。大切なのは、どちらの教育方法が優れているかを決めることではありません。それぞれの教育文化の中で大切にされ、培われてきたものを理解しながら、プログラムが目指す学びを、その教室でどう実現するかを考えることです。
学びの本質が見えてきたら、次に考えるのは、その本質を新しい教育環境でどう実現するかです。守るのは、プログラムの核となる教育的意図や学習ゴール。一方、教え方・学び方・支え方は、導入先の教育文化やカリキュラム、教室の実態に合わせて再設計できます。
翻訳に加えて、現地の教師に内容を確認してもらうことは重要です。しかし、それだけでは、プログラムが生まれた背景にある教育的な意図まで十分に読み解けない場合があります。
北米で生まれたプログラムを日本へ届けるなら、どのような教育環境や学習ゴールを前提に作られたのかを理解したうえで、同じ学習効果や意図、ゴールを保ちながら、日本の教室で機能する形へ再設計する。
日本で生まれたプログラムを北米やその他の英語圏へ届けるなら、日本でどのような教育環境を想定して作られたのかを理解したうえで、導入先の教育スタイルや文化に合わせながら、学習効果や教育的意図、ゴールを保てる形へ再設計する。
見るべきなのは、導入先だけではありません。プログラムが生まれた背景と、これから届ける教育現場。その両方を理解して初めて、何を守り、何を柔軟に再設計するのかを判断できます。
ULDの強みは、プログラムを送り出す側と受け取る側、その両方の教育文化を実践を通して理解していることです。
私はカナダで15年以上教え、探究型学習やプロジェクト型学習が教室でどのように機能するのかを、教育実践者として経験してきました。その後、Appleでは日本全国の教育者向けプログラムの展開を統括し、海外で設計された教育プログラムを日本へ届ける難しさにも向き合ってきました。
だからこそ、二つの問いを大切にしています。
「このプログラムは、どこで、どのような学びを目指して生まれたのか」
「これから届ける教育現場では、どのような学びが大切にされ、培われてきたのか」
その両方を理解し、尊重することで、プログラムの本質と現地の教育との接点を見いだし、その教室で学びが生きる形へ再設計していきます。
カナダで教育実践者として探究学習に取り組んでいたときも、想定通りに進まないことはありました。それでも、目の前の学習者一人ひとりや教室の状況を見ながら学びを組み立てていくことで、子どもたちの目に輝きが生まれ、「もっと学びたい」という声につながっていきました。
プログラムが生まれた場所と、これから根づいていく場所。その両方を知ることが、学びの本質を損なわずに国境を越えるための橋になります。
教育プログラムが根づくには、導入先の教育への理解と尊重が欠かせません。その土地には、長い時間をかけて培われてきた教育文化があります。教師が積み重ねてきた実践があり、学校が育んできた教育があり、目の前には一人ひとり異なる学習者がいます。
現地の教育文化を「障壁」ではなく、「豊かさ」として捉える。
新しい学びを届けるために、これまでの教育を否定したり、学校をプログラムに合わせたりする必要はありません。プログラムを開発した側が大切にしてきた教育的な意図と、導入する側が大切にし、培ってきた教育。その双方を尊重し、既存の良さを生かしながら、新しい学びが自然になじむ形を共につくっていくことが大切です。
そして目指すのは、プログラムを「導入した」という状態で終わることではありません。教師がプログラムの価値を実感し、自信を持って自分の授業として展開する。学習者が自然に参加し、自ら学びを深めていく。学校自身がその学びを育てていく。
教師や学習者、学校自身がその学びの主体となり、自ら育てていける環境を共に整える。そうして学びが日常に溶け込み、その土地で自律的に機能し、受け継がれていくことを目指します。
国境を越えて届いたプログラムが、その土地で培われてきた教育を尊重し、現地の文脈に合う形へ再設計されることで、その土地の「生きた学び」になっていく。そこまでを見据えるのが、教育ローカライゼーション&インテグレーションです。
翻訳は、教育プログラムが国境を越えるための大切な第一歩です。その先で、プログラムが生まれた背景と、導入先で大切にされ、培われてきた教育を理解する。双方を尊重し、接点を見いだしながら、守るべき学びの本質が新しい教室でも力を発揮できるよう、届け方を共に再設計する。
子どもたちが目を輝かせ、自ら学びを深めていく。
教師が自信を持って、その学びを自分の授業として育てていく。
そして、その学びが学校の日常に根づき、受け継がれていく。
「翻訳はできている。それでも、なぜか現場に届かない」
「大切に育ててきた教育プログラムを、その学びの本質とともに海外へ届けたい」
そんな思いがあるなら、まずはそのプログラムが「何を大切にして生まれたのか」を、一緒に読み解くところから始めてみませんか。
その先に広がっていく、教室の景色を共に創る。
ULDは、教育プログラムが国境を越え、その土地の「生きた学び」として根づき、自律的に育っていくまで、共に歩む教育ローカライゼーション&インテグレーションのパートナーです。
15年以上の欧米での教職経験と、Appleでの4年間にわたる教育者向けプログラムの日本展開統括を経て、Unfold Learning Design(ULD)を設立。教育プログラムが本来持つ革新性と教育的意図を守りながら、文化や教育環境をまたいだ橋渡しを実践しています。このコラムでは、教育ローカライゼーションや学習デザインをめぐる考察を、実際の経験をもとにお届けします。

堤 友也(つつみ ともや)
教育インテグレーションデザイナー